BUHIXの日記

サッカーやJリーグについて書いたり、読書や旅行について書いたり。

【感想】英雄への挑戦状

 著者はヘスス・スアレス(と小宮良之)。有名なサッカージャーナリストである彼が、各国のスター選手を論評した本です(2014年刊行なので、少し古くなっている部分があるかもしれません)。

 

注意

 知っている人は知っていると思いますが、ヘスス・スアレスとは非常に好みが偏った人で、自分のサッカー観に合う選手を絶賛し、合わない選手はこき下ろします。読者によってはそれを不快に感じるかもしれないので、読む前には注意が必要です。私が読んだ限りではちゃんと選手たちに最低限の敬意を払った書き方をしていて、そんなに不快にはならなかったのですが。

 

「フットボーラー」

 ヘススはよく「スペクタクルなサッカーの信奉者」と言われますが、単に攻撃的な選手やファンタジスタが好きなわけでもないと思います。それは本書の記述の端々からもうかがえます。彼が評価するのは「フットボーラー」としての総合力が高い選手です。

 フットボーラーとしての力とは何でしょうか。ヘススに言わせると「試合を創造する能力」、それはつまり「時間と空間をコントロールする能力」です。

 時間と空間をコントロールするなんて言うと何だか異能バトル漫画みたいですが、要するに時間のコントロールとは「緩急をつけること」、空間のコントロールとは「スペースを見つける又は作り出すこと」です。サッカーとはその繰り返しによって進む競技であり、この2つができる選手こそが「フットボーラー」である。彼らこそが試合を「創造」する。ヘススはそんな風に考えています。

 時間と空間のコントロールが上手くいけば結局スペクタクルなサッカーが展開されることになるので、彼はそういうチームばかり褒めることになるのでしょう。

 世界で最も優れたフットボーラーとして、本書中ではイニエスタの名前が挙がっています。またドログバを「理想の9番」、イブラヒモビッチを「天才」と褒め称えていますが、これは単に身体能力や技術のみを評価しているのではなく、味方のために時間や空間をコントロールできることまで含めての評価です。

 一方で、ロッベンクリスティアーノ・ロナウドについては世評ほど褒めません。彼らは観客を湧かせる選手ではあっても「フットボーラー」としては物足りない、ということのようです。

 

ヘスス文体

 まあそんな感じで好き嫌いが物凄くはっきりした論者なので、読者側の好き嫌いもはっきり分かれると思います。

 ただ、私はサッカー論としてだけでなく、読み物としてもなかなか楽しく読めました。それは「ヘスス節」とでも言うべき独特の文体があって、文学者のエッセイや随筆を読むような趣があるからです。グアルディオラも「彼の言葉はいつだってオリジナルなんだ」と評したのだとか。

 いくつか引用して本稿を閉じることにしましょう。

 

私にとって、ピルロのように一本のパスでプレーを創れる選手たちは、「フットボールそのもの」である。念のため、もう一度言おう。フットボールそのものだ。

 

5、6人の輪に囲まれたイニエスタが、悠然としたままドリブルを続ける写真は神話的だ。(中略)モーゼが大海を割るようにして包囲を抜けられる。

 

燃えさかるような自己顕示欲を持った男(※C・ロナウドのこと)は、とりわけ男性に嫌われる。男性という生物は女性よりも非合理的なもので、結果を出しているか云々よりも、どのように行動するのかという点を加味するのだろう。

 

この感覚は説明するのが難しく、どこかの広告代理店のキャッチフレーズのように、「フットボールのない人生は味気ない」というレベルではない。「狂気」そう表現してもいいだろう。スアレスはそんな環境から生まれた、究極的ウルグアイ人フットボーラーである。

 

エジルのプレーは魔法だ。(中略)脳に刺激を与えられることは、芸術家を含めた"異能者"の所業である。(中略)一つ明らかなのは、彼を愛せない人間は哀れだということ。フットボールの本質をまったく理解できておらず、魔法にかかることができないのだから。

 

凡人である私は、「天才」を定義することができない。しかし、誰が天才であるかは知っている。天才とは、おそらくそういうものだろう。(※イブラヒモビッチのこと)

 

おすすめ度

 5段階中の4。おすすめです。

 

英雄への挑戦状―世界最高のサッカー選手論

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