BUHIXの日記

ニワカから成長しつつ、FC岐阜やJリーグの素晴らしさを伝えていきたいなと思います。

【メモ】争うは本意ならねど 〜選手の立場は一般人と違うのだから〜

 この記事は木村元彦著『争うは本意ならねど』を読んでのメモです。あくまでメモです。通読しての感想ではありません。


本書の内容と、事実関係の簡単な説明

 本書は2007年に起きた我那覇和樹選手*1のドーピング冤罪事件を扱っています。

 「冤罪」というのは非常に強い表現です。よく似た言葉に「無罪」がありますが、そこには「有罪を立証できなかっただけで、本当にやっていないかどうかは不明」というニュアンスが残ります。

 それに対して「冤罪」とは、「本当にやっていないのに罪を被せられる」事態を指します。この記事では我那覇選手の潔白を世に知らしめようとした著者の立場を尊重し、敢えて「冤罪」という強い表現を用いることとしました。また、人物の敬称は省略しています。

時系列

 ここでは我那覇に疑惑がかけられるまでの経緯を簡単に記述します。いずれも2007年の出来事です。

4月20日  この日から我那覇は体調を崩していた。

4月21日  J1第7節。体調不良の中で先発した我那覇だったが、浦和レッズ相手にゴールを挙げる。このゴールもあって川崎が勝利し、浦和のホーム連続無敗記録をストップさせた。しかし我那覇は帰りのバスの中で弁当や水を受けつけないような状態だった。

4月23日  体調が回復しないまま、我那覇は何とか練習を終える。

チームドクターの後藤秀隆が診察したところ、感冒(風邪)で十分な食事や休養がとれないまま運動したことにより脱水症状を起こしていた。緊急の水分補給が必要であると考えた後藤は、ビタミンB₁を入れた生理食塩水で点滴治療を行った。

これは緊急性のある医療行為であり、健康な人間に対するいわゆる「ビタミンショット」「にんにく注射」とは事情が異なるものである。また我那覇は後藤に対して、この治療がドーピング規定に違反しないことを確認している。

治療を受けていたため、我那覇は他の選手よりも遅くクラブハウスから出てくることになった。1人出てきた彼を報道関係者が見つけ、囲み取材を行う。この取材がすべての元凶となった。

4月24日  サンケイスポーツに『我那覇に秘密兵器  にんにく注射でパワー全開』という見出しの記事が載る。この記事がJリーグのドーピングコントロール委員会(DC委員会)で問題視される。ちなみに同記事を書いたのは川崎の番記者ではなく、たまたま代理で我那覇への囲み取材に参加していた記者であった。

4月25日  我那覇ACL全南ドラゴンズ戦の出場を自粛。

また、Jリーグは川崎に対して書面で事実確認を行う。川崎はチームドクターの後藤に直接事情を聞かないまま、同日のうちに「報道の内容を認める」と回答。

4月26日  毎日新聞朝刊が「川崎のチームドクターが『事後報告でいいと思った』と釈明した」と報じる。この記事の中でもやはり我那覇が「にんにく注射」を受けたことになっている。また、我那覇と後藤は毎日新聞直接取材を受けていない

5月1日   DC委員会が我那覇と後藤を含む関係者から事情聴取。

5月2日   各メディアが「委員会による聴取の結果、我那覇はドーピング規定違反と認定された」と報道。


スポーツ新聞のいい加減さ、ソースロンダリング

 本書の序盤を読むと、真っ先に「スポーツ新聞の記事作りってこんなにいい加減なのか」という驚きを覚えます。

 脱水症状を治療するための点滴が「にんにく注射」だったことにされる。クラブの番記者ではない者が裏も取らずに記事を書く(代理で書いたとして、誰かが原稿をチェックをしないのか)。その後に訂正も謝罪もしない。……ちょっとひどすぎますね。私はいわゆる「マスコミ叩き」に興味がない人間なのですが、サンケイスポーツのこの杜撰さには流石に呆れます。

 チームドクターの後藤も、まったく取材を受けないまま「事後報告でいいと思った」というコメントを作られてしまいました。本人はそんなことを一言も言っていないし*2、そもそもマスコミと接触してすらいないのに、"犯人の供述" として新聞に載せられたのです。

 一方クラブは我那覇と後藤に直接事情を聞くことなく、Jリーグに対して「うちの者が悪かった」と認めてしまいました。するとスポーツ新聞は「クラブ側が非を認めた」と大々的に書き立てます。クラブが認めたんだからやっぱりにんにく注射をしてたんだ……と既成事実にしてしまったわけです。まとめサイトで問題になっている「ソースロンダリング」と同じ構造が、既存メディアにも(こそ?)あるということですね。

 ここまで来ると、憤りよりも空恐ろしさが先に立ちます。新聞記者が事実と異なる記事を書き、それを根拠として組織が個人を処罰し、その動きを見て新聞記者が「やはり先の報道は事実だった」という記事を書く……というスパイラルには背筋が寒くなります。どんなホラー作品よりもゾクリしますね。

選手の発言は、その立場から理解を

 ここからは私の勝手な感想なのですが、(マスコミのいい加減さ以外の要因として)弱みを見せられない選手としての立場がこのような事態を招いてしまったのではないかと思います。

 本文中に書いてあることですが、当時の川崎にはジュニーニョ鄭大世、黒津ら才能あるFWたちが揃っていました。その中でポジションを勝ち取るため、風邪をひいて熱があっても試合や練習を休むわけにはいかない、という考えになるのは止むを得ないことだったのかもしれません。休んでポジションが無くなってしまったら、一番困るのは選手本人なのですから。

 まったくの推測になりますが、我那覇はおそらく問題の囲み取材で「風邪はひいてません。ちょっと疲れただけです」というようなことを言ったのではないでしょうか。プロの選手としては、体調が悪いのを隠そうとするのが自然なことだと思います。しかし、仮にその種の発言があったのだとすると「健康な人間が疲労を取るためだけに点滴をした→ドーピングに該当する」という杓子定規な(あるいは悪意のある)解釈が可能になってしまいます。

 私は別に「不用意な発言をした我那覇が悪い」などと言っているのではありません(そもそもそれは私の推測であって、本当に発言したかどうかも分からないのです)。私が言いたいのはむしろその反対で、「発言はその人が置かれた立場から理解した方がいいんじゃないかな」ということです。

 この事件に限らず、一般論として言えることだと思います。これほど多くの言葉(情報)が飛び交っている世の中だからこそ、発言の背景を考える(カッコよく言うと?忖度する*3)姿勢を忘れないようにしないといけませんね。まあ、本書を読んでそういう一般論を思い出したのだ、ということで。まとまりは無いけどこの辺で終わります。

*1:当時、川崎フロンターレ。現在はJ2のカマタマーレ讃岐に所属。元日本代表。

*2:緊急性のある治療だったため事後報告でいい」という主旨の発言はしたよう。しかしそれは記事に載せられたコメントと明らかに意味が異なる。

*3:本来は悪い意味の言葉ではありません。