BUHIXの日記

ニワカから成長しつつ、FC岐阜やJリーグの素晴らしさを伝えていきたいなと思います。

私がはてなブログに来るまで

 

 一人称が「私」というのは硬い印象を与えるかもしれないけど、まあそれがしっくり来るんです。いい年して「僕」とか「ぼく」とか「ボク」とか、そういうのはちょっとね…いや、他人様の一人称をdisりたいわけではないのでこの辺にしましょう。

 

 

 あとは時々「俺」、物凄くたまに「わっち」を使うことがあると思う。後者は美濃弁らしいけど実際に使う人は私の周りにはいなかったな。…美濃弁アピールしたいだけなんですすいません。

 

本題

 私ははてなブログを始める前、読書メーターを6年半ほどやっていた。レビューは700から800くらい書いたと思う。正確な数は覚えていない。バックアップも取っていないし、取ろうとも思わなかった。つまり、その程度の情熱でやっていたということなのだろう。早い話、それが読書メーターをやめた理由だ。 

 

読書メーターをやめた理由

 もう、上に書いた通りである。だから小見出しを付けて独立したパラグラフにする必要なんてなかったのかもしれない。「大して情熱を持てなくなったから」、それだけだ。

 しかも何かきっかけがあったわけではない(笑) いわゆるSNS疲れがあったと言えばあったのだが、荒らしに遭ったわけでも、オフでトラブルを起こしたわけでもない(そもそもオフ会目的の利用はしていなかった)。何か特別な出来事があって情熱を失ったというわけではないのだ。

 しかし「単純に飽きた」というのも少し違うような気がする。飽きが理由だったらもっと早くやめている気がするし、7年近くも続けられなかったと思う。私はどちらかというと熱しやすく冷めやすい性格なので。

 じゃあなんでやめたのか。その理由を無理やり言語化するなら次の2点になるだろう。念の為に言っておくと、読書メーターさんをdisろうという意図は全くない。「そうなるのはお前の使い方が悪いからだ、もっと上手い使い方をしている人は沢山いるぞ」という見方も尤もだと思う。

 

1. 結局、お勧めした本を読んでもらえなかった

 まあ、これが本質的な理由かな。「おすすめ機能」というのを何度か使ったけど、お気に入りさんが私の勧めた本を読んでくれたケースはゼロ!*1

「読みたい本に登録いたしました」とか表面上は凄く丁寧な対応をされるけど、いつまで経っても読まれやしません。

 それなのに俺がせっせと書いたレビューにナイスだけはつく(あ、俺って言った)。お義理ナイスってやつだ。もうこうなると何のためにレビュー書いてるのか分からない。

 一時期までは「あくまでも自分のための備忘録として読書メーターを使う。交流はおまけ」と考えていた(長く続けられたのはこの考え方をしていたお陰でもある)。だから別に他人の反応はそんなに気にしていなかったし、言ったことがスルーされてもあんまり気にしていなかった。

 ただ、人間だんだんと変わっていくものである。私ももちろん変わる。読書という行為についての考え、その体験をアウトプットすることについての考えが変化していった。ナイスをもらったりオフ会に参加したりというSNS的な意味での「交流」にはあまり興味が湧かなかったけれど、「自分の読書体験が伝わるようなレビューが書きたい。そしてできればその本を読んでもらいたい」という思いは強くなっていった。

 しかし、結果は上記の通り……ある時点から、「ああ自分は虚しいことやってるな」という思いが急速に膨らんでいった。

 まあ、これについては「読みたいと思わせるレビュー」を書けなかった、書こうと努力しなかった私にも責任はあるのだけど。

 

2. 受けるレビューを目指すようになってしまった

 年単位で続けていると、さすがに鈍い私でも「こう書けばナイスが沢山つくんだな」「こういう書き方だとナイスつかないな」ということが分かってくる。

 すると、ナイスをもらえる方へもらえる方へとレビューの内容が引きずられてしまう。気をつけても知らず知らずのうちにそうなってしまうのだ。そりゃお前の心が弱いからそうなるんだと言われたらそれまでだけど、引きずられることもあるよ、人間だもの(適当)

 ちなみに、受けるレビューというのは冗談を言って笑わせるということではない(それもあるけど)。もっと、何と言うのか……結局のところ「感動しました」系のレビューが一番受ける。それから「日本語は美しい」と言っときゃ何でも受ける。

 それらが実際にはお義理ナイス収集ツールにしかならず「読みたいと思わせるレビュー」ではなかった、ということはもう繰り返さない。

 

なんではてなに来たの?

 まあそんなわけで読書メーターをやめたのだが、じゃあなんではてなブログを始めたのか。

 

 理由はない(笑)

 

 お前のやることはみんな理由がないじゃないかって思われそうだけど、実際そういうもんじゃないかな、人生って(適当)

 しかし、はっきりした「理由」ではないものの、そうなる前の「要素」のようなものは一応ある。箇条書きにしてみると

  • 長文を書いてみたかったから ……過去の私はどちらかというと「文章は簡潔なほどいい」という考えの持ち主だった。「長くなるのはまとめが下手な証」と馬鹿にしていた。しかし近頃は「誤解なく伝えるにはそれなりの分量が必要かもしれないな」と考えている。上の方に「読書についての考え方が変わってきた」とも書いたけど、やはり色んな部分で私が変化しているのだと思う。
  • 読メの文字数制限よりも長い感想を書いてみたかったから
  • 読メのお気に入りさんの中にはてなブログをやっている人がいたから
  • はてな=何か賢そう」という物凄く適当なイメージがあったから。ロンカク?ロンキャク?みたいな?
  • ここで新しいことを始めたら自分自身がもう一段成長できると思ったから(意識高い系)
  • ノリ
  • 勢い
  • ついカッとなって

という感じである。

 

まとめの代わりに

 不満点ばかり書くのはフェアでないので、読書メーターをやって良かったと思う点を箇条書きにしておく。

  • 読んだ本の内容を記憶するのに役立った
  • 文章を書くのが苦ではなくなった
  • 著者の意図について考えるようになった
  • 他の人の読書法、ペース等を参考にできた
  • 自分の性格を知る機会になった。特に承認欲求の強さを反省することができた

 

 あらためて見直すと、「色んな本に出会えた」とか「色んな考えの人に出会えた」とかそういうのがないな(笑)

 他人がおすすめ本を読んでくれないと嘆く前に、自分が読む本の幅を広げてないのを反省しろよ、ということなのかもしれない。

 

 まあこんなところで。

 

 

*1:後からよく考えたら2例あった(6〜7年で2例だから、3年に1回くらいのペースだが……)。そのうち1例は「相手が私の好みを理解してくれた」と言っていい結果に終わっている。忘れていてすみません(;_;)