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【感想】Jリーグが追求する「地域密着型クラブ経営」が未来にもたらすもの

サッカー 読書

ドイツ先生との比較

 Jリーグと独ブンデスリーガの比較は面白かった。Jリーグの地域密着の理念はブンデスを模範にしたと言われているけど、実は構造が反対になっている部分がある。箇条書きにすると

  • Jリーグでは「ホームタウン活動」として地域貢献活動を熱心にやっているが、ドイツでは同様の活動をしていない(もうクラブがあるのが当たり前だから)
  • Jリーグでは最初にプロサッカーチームがあって、それを総合スポーツクラブに発展させようとしている。ドイツでは先に総合スポーツクラブがあって、後に人気競技のチームがプロ化された。
  • ドイツでは行政がクラブ経営に関与することはない。
  • ドイツでは会員の投票でスポーツクラブの会長を選ぶ。これによって「会員→スポーツクラブ会長→サッカーチーム」という形で間接的に経営に関わっている。
  • 日本では「スポーツはお金を払ってまでしない」もの。「お金を払ってスポーツクラブに入る=贅沢」というイメージが強い。特に中高生年代の場合は無料で入れる部活動を選ぶ*1

 

 Jリーグ企業スポーツからの独立を目指しているのに独立資金を企業に出してもらっている、という著者の言い回しは痛烈だ。Jリーグの地域貢献活動が実質的に「サッカーチームを通した企業の地域貢献活動」になっている、という指摘もその通りなのだろう。

 じゃあJリーグのやり方がいけないのかと言うと、私は別にそうは思わない。国内のサッカー史が違うのだから、プロリーグの発展の過程も違って当然だ。企業が地域貢献するなら別にいいではないか、それで。本当に地域のためになるなら主宰者が誰であろうと。「地域が一つになる」と言った時、日本では住民だけでなく企業や行政もそこに含まれるというだけのことだろう*2

 サポーターにとってはクラブが存続してくれることが一番大事だ。「ブンデスみたいな総合スポーツクラブにならないとダメだ!」と意気込んで、その結果バタバタとクラブが潰れるようなことになったら本末転倒である。

 

大学との連携は日本独自の例だというが…

 リーグの日独比較は面白かったのだが、結論(大学との連携はいいゾ〜)にはよく分からない部分もあった。著者がクラブのスタッフだった時の成功事例を宣伝してるだけじゃね?という気もするし。

 練習場所を提供してもらうとか、学生をインターンとして受け入れることで未来の球団職員を育てるとか、ユース年代の選手の進学先になるとか、様々なメリットがあることは分かるが……。

 最も根本的な部分である「地域密着」に効果があるかは不明だと思う。「大学が総合スポーツクラブ化している」と言ってるけど、そもそも学生以外の年齢層の人たちがどれくらい利用してるんだろう。「運動したいから大学の施設を使おう」っていう発想になりますかね。

 まあ、大学生くらいの年代を取り込めればファン層の若返りにはなるのかな。私の学生時代にこういう試みがあったら「うちの大学がJリーグと提携しただって?どうせリア充どもがつるんで観に行くんだろ。俺は絶対行かんわ、ケッ!」と思ってただろうけど(笑)

 

 

 

 

*1:入るのが無料なだけで、もちろん活動費はかかるが。

*2:まあ、行政は本来なら関わるべきでないのかもしれない。「税金を使うな」という言い分も分かるし。

【メモ】Jリーグが追求する「地域密着型クラブ経営」が未来にもたらすもの

サッカー 読書

 

 タイトルの通りです。大山高さんの『Jリーグが追求する「地域密着型クラブ経営」が未来にもたらすもの』を読んで感じたことを書き留めています(具体的には第2章6節)。メモです。同書の内容全体に対する感想ではありません。

 

⚫︎サッカー選手の発祥

 現在のプロサッカー選手の源流は、19〜20世紀のイングランドにある。当時のクラブは街や地区・教会・企業・工場・パブ等を単位に構成されていた。クラブ間で対抗戦が行われ、その競争は激しさを増していった。これには労働者のガス抜きという意味合いもあったという。やがて、他クラブに勝つために有力選手を競技に専念させる必要が出てきた。しかし有力選手といえども労働者階級である。仕事を辞めてサッカーだけしていては食べていけなくなる。そこでクラブの仲間たちがお金をカンパして有力選手の生活を支援したり、働いていた時と同じ給料を雇用者側が保障したりした。これがプロ選手の始まりである。

 

⚫︎ラララ俺らは歌う〜♪

 ここで大事なのは「貧しい者たちが助け合っていた」という美談的要素ではなく(それもあるが)、「選手は生活を保障される代わりに勝利を期待された」ということだ。端的に言えば「俺たちが代わりに働いてやるけど、他のクラブに負けたら承知しねーぞ」と思われていたのだ。

 この構造はJリーグにおいても基本的には変わらないのではないだろうか。時代の違い、洋の東西の違い、予算規模の違い等々によって多少の差異はあれど、地元のサッカークラブは常に「俺たちのもの」「俺たちの代表」なのだ。「スターが別世界でやっている戦いを遠くから見るもの」ではない。住民はクラブとの間に非常に強い感情的繋がりを持っているし、クラブが危機になれば身銭を切って助ける。試合が始まれば我を忘れて応援する。そして、どこにも負けてほしくはないと思っている。相手がどんなに強かろうと、どんなに歴史あるクラブだろうと、どんなに潤沢な資金を持っていようと、勝ってほしい。口では「今日の相手は強いからな。3点差までなら大健闘かな」とか言っていても、心の底では「もしかしたら勝てるんじゃないかな。だって俺たちのクラブなんだから」という思いを決して捨てていないのだ。その姿がたとえ傍目には贔屓の引き倒しに見えようとも、彼らは——私も含まれているのだから「我らは」と言った方がいいか——応援し続ける……。 

【注】上に書いたようなことは、あくまで私の思いつき、走り書きです。私が感情的な人間だからそんなことが頭に浮かんできただけであって、一般論でも何でもありません。

 ファンの形、サポーターの形正解はありません。ファンの形が多様であればあるほど、そのジャンルの裾野は広く、文化としてより成熟しているのだと言えるでしょう。

 

 

 

名岐ダービーを観直してみて

サッカー FC岐阜

 結果はもう皆さんご存知だと思います。勝ち点3が取れなかったのは残念ですが、選手たちは見事に90分間「プレー」し続けてくれました*1。戦術・精神の両面で、大木流が早くも浸透しているのを実感します。

 以下は適宜DAZNで観直しながらの感想。なお、選手たちについているキャッチコピーの出典はエル・ゴラッソの選手名鑑です。ダサい印象を与えてしまうかなとも思ったのですが、選手たちの特徴を伝えるため、そしてその特徴を発揮した素晴らしい試合内容を伝えるため、敢えてキャッチコピーを引用してみることにしました。

両チームの先発メンバー

 岐阜は足を負傷した田森に替わって田中パウロが先発。それ以外は開幕戦と変わらない。田中も含めて、レノファ山口から2点を奪った時と同じ顔ぶれである。「FC岐阜・攻撃形態」と言うべきか。
 名古屋は岡山戦から1人も先発メンバーを入れ替えてこなかった。正直言ってシモビッチが最も怖かったのだが。

大木理論、現実となる

 立ち上がりは名古屋も積極的にプレスをかけてくる。しかし、開始2分ほどで早々にその勢いはストップ。岐阜が「ネオ・スピードスター」古橋と「ドリブル怪獣」田中を上手く使って両サイドのスペースを突いたため、名古屋の陣形は縦にも横にも間延びした。
 広くなった中盤を風間や永島が利用し、さらにシシーニョや庄司(ときどき福村)がフィールド全体を見渡して攻撃を組み立てる。風間・永島・シシーニョ・庄司・福村のパスワークに、前半の名古屋は全くついて来ることができなかった。なお5人のキャッチコピーは以下の通り。

  • 「ミスター・アグレッシブ」風間
  • 「古都のエリート」永島
  • 「ティキ・シシ*2シシーニョ
  • 「キックの魔術師」庄司
  • 「クリエイト・レフト」福村


 名古屋の風間監督は30分過ぎにボランチの小林を下げて「ダイ・ハード」ワシントンを投入する。「中盤を落ち着かせる意図があった」とのことだが、効果のほどは不明。体の強さを活かしてボール奪取に行ってもらおう、ということなのだろうが、ワシントンは足元の技術で名古屋の味方選手より一段落ちたようだ。ボール奪取によるプラスよりもビルドアップの足を引っ張るマイナスの方が大きかった可能性もある。

 前半は攻撃だけでなく守備でも岐阜が優位に立った。より正確に言うなら、守備と言うよりも「攻撃から守備への切り替え」、いわゆる「ネガティブ・トランジション」だ。その早さ・速さにおいて岐阜が圧倒していた。
 相手にボールが渡ると、風間が真っ先にプレスをかけに行く。それに両サイドの選手が続き、さらに後ろからシシーニョや庄司がやって来てボールを回収する。プレッシングの連動によってボールを奪い返すことができていた。仮にそれをかわされても相手の態勢は崩れているので、いいパスは出せない。苦し紛れに出されたロングボールは「マスコット・ソルジャー」ヘニキがインターセプト、あるいは受け手を潰す。そこからまた岐阜のビルドアップが始まる。このような好循環により名古屋にボールを持たせず、前半のボール支配率では岐阜がほぼ2/3(約66%)を占めた。
 前半の戦いぶりを見ていて思ったのは、「今まで大木監督が言ってきたことが具現化されてるじゃないか」ということだ。

  • 選手間の距離を近くしてワンタッチでパスを繋いでいけば相手はついて来られない。
  • 選手間の距離が近ければ数的優位な状態ですぐにプレスをかけ始めることができる。
  • もしロングボールを蹴られたとしても十分なプレッシャーをかけておけば、いいパスにはならないから大丈夫だ。

——この試合の前半は、本当に以上の理屈通りに進んでいた。見果てぬ夢、高すぎる理想、机上の空論とも思われた「大木哲学」は、11人の素晴らしい選手たちによって、とうとうピッチ上の現実となったのだ。
 彼らは「なぜ自分がこのポジションに配置されたのか」を理解し、「どういうプレーをすればいいか」というビジョンを共有していた。その上で、見事に自分の個性を発揮していた。繰り返しになるが、私がわざわざ選手名鑑からキャッチコピーを引用したのは、彼らがそれに名前負けしないほどに自分たちの長所を表現していたからだ。
 2万を超える観衆が、その目撃者となった。JリーグFC岐阜がある限り、彼らはこの戦いを語り継ぐだろう。
 ま、風間監督が岐阜対策をなーんにもしてなかっただけのような気もするけど。


で、何点入ったの?

え? 前半は0-0でしたけど(半ギレ)

「クローズ」ではないかもしれない攻撃。そして今後の課題

 今まで大木監督の戦術を「クローズ戦法」と紹介してきたが、今年の岐阜の攻撃は少し違うかもしれない。中盤での細かいパス回しは相手選手を引きつけるための囮に過ぎず、最後は両サイドのスペースを使ってフィニッシュに持ち込もうとしているように見える。
 実際に古橋、田中、大本らはサイドから敵ゴールに迫って脅威になれている(なお大本のキャッチコピーは「推進力系SB」)。ただ、フィニッシュに至る道がそれだけだと厳しい。もうちょっと中央を崩すような攻撃も欲しい。いや、中央はよっぽどの力量差がないと崩せないよ、横綱相撲だから岐阜にできるわけないだろ、と言われたらそうなのかもしれないが…。
 中央を綺麗に崩すのが無理なら、ゴール前に何人か入ってきたところにサイドからクロスを上げるパターンが欲しい。これは横綱相撲というわけでもなく、強弱問わずどんなチームでもできるし、どんなチームでも武器になりうるパターンだと思うのだが。
 名古屋戦では古橋や田中が自分でフィニッシュに持ち込む場合が多く、中央で待っている選手にクロスを上げることが少なかった。というか、クロスを上げようとしても中央で待っている選手がいなかった。いくら優秀なサイドアタッカーを抱えているとはいえ、単騎突撃を繰り返すだけでは、そのうち相手に読まれると思う。
 でも、誰かに中央で待っていろっていうのも厳しいのかな。岐阜が中盤でパスを回しまくれるのは、風間(表記上はワントップということになっている)が中盤まで下がって顔を出してるからだし。単純に中央で張ってればいいとか、CF型の選手を使ってみればいいとかいうものでもないだろう。クロスに合わせるのが上手い選手というのも、パッとは思いつかないし(難波は上手いかな)。
 山口戦ではクロスを上げる場面もあったような気がする。この試合でクロスが少なかったのは大木監督の指示による可能性もある。格上の名古屋相手に勝負を成り立たせるため、風間や永島はボールポゼッションとプレッシングを第一に考えろ、中央で待っててクロスに飛び込むような役割はしなくていい(というか運動量的に無理。あと得意でもないだろうし)と言われていたのかもしれない。
 ……名古屋さんが佐藤寿人くれたらこのチームのワントップにはまらないかな(超適当)。

個人的MVPを挙げると

 もう、シシーニョの一択。純粋な足元の技術に加えてパスセンス(視野の広さ)、運動量、ボール奪取力まで備えていた。何なんですかこの神は。かっこよすぎる。怪我しないでくれよ。

(後半の岐阜の戦い方についてはまたそのうち書きます)



*1:「アクト」ではなく「プレー」。大木監督がよく言っていること。

*2:意味はよく分からないが、「ティキ・タカ」に掛けているよう。

名岐ダービーの結果

サッカー FC岐阜

 観てきました。1-1の引き分けでした。映像を見直す前に、とりあえず走り書き。

  • 前半は岐阜の鳥カゴに名古屋が全くついていけず。後半はペースダウン
  • シシーニョとかいう神
  • 交代選手は良かった。プレスからカウンターできる場面があった。フレッシュな選手なんだから走れ、っていう指示が出ていたんじゃないかな
  • 向こうの風間監督がシモビッチを出し惜しみしていた(?)理由は不明
  • 応援は流石に相手の方が上だった(アウェーだから仕方ないとはいえ)